バッハの平均律第2巻16番BWV885について思うこと

昨日のNHKのクラシック倶楽部で、ピョートル・アンデルジェフスキーというピアニストが平均律第2巻から数曲を表情たっぷりに弾いていて好ましく感じましたが、16番を弾いたときに、この曲はピアノではどう頑張ってもこうなるなーと思いました。

 

こうなるというのは、ピアノは全ての音が必ずディミヌエンドするので、和音の構成音を夫々ずっと鳴らし続けながら和音進行したり不協和音を徐々に解決したりするように書かれた16番の前奏曲のような曲は楽譜に書かれているとおりには音が聴こえず別の曲のように聴こえる、ということです。

 

具体的には、ドミ→ドレ→シレ→シド→ラド、という2つの音の重なりの進行で同じ音にスラーが付いている場合に、音符を見て音を想像したりオルガンで弾いた時に聴こえる音は「ミーレ~エード~オー」というものですが、ピアノで弾くと「ミーレーシードーラー」と聴こえるので、楽譜に書かれたものとは違った音が出て来ます。(もちろん、それを狙って書かれている場合もあると思いますが)

 

なので、音をずっと鳴らし続けることのできるリコーダーはピアノ(やチェンバロ)よりはまだこのような曲に適していると思うのですが、昔NHKのクラシック倶楽部で放送されたブラヴァデ・リコーダー四重奏団の演奏を聴くと、残念なことに高い倍音が出ていないことと本当の低音が出ていないことで感動は今一でした。

 

以前どこかで書いたような気がしますが、やはり16番の前奏曲はオルガンで弾くに限ります。

長男がまだ5歳くらいだった或る日、オルガンの横で聴いていた彼が、曲が最後にソシレの長和音に解決されて終わると、パチパチパチ・・・・と一生懸命に拍手をしてくれたことがありました。

ああ、この子も感動したんだなあ、と思って嬉しかったです。

 

この曲をオルガンで弾くと、本当に強烈な感動があって大好きでした。

オルガンで弾き終わるたびに「なんという天才だろう!」とバッハへの尊敬心が湧きました。

でも、また弾きたいけれどもう家にないんですよね~。ーー;)

ああ残念。

 

なお、単なる私の好みではありますが、ピョートル氏やブラヴァデ合奏団のように付点音符を飛び跳ねるように演奏すると、重厚で感動するこの曲本来の良さは出ないと思います。